Sep20th

便秘最高潮尻爆発

Top / 便秘最高潮尻爆発

基本


便秘最高潮尻爆発(ケッツバン、英語:Hip-Bang)とは、TBTの便意が我慢の限界に達した時に発生する生体現象である。
この現象が発生すると、世界中にTBTの便が飛散し甚大な被害を及ぼすため、国際問題となっている。
生体現象ではあるが、過去にこの現象の被害を受けたために滅んだ文明すら存在したことをほのめかす記述がTBTの福音書にも見つかっている。しかし該当箇所の解読は難航しているため、まだ何も判明していない。
この事実から、国際社会はケッツバンを半ばデンタンカンオウ国の大量破壊兵器とみなしつつある。

概要


TBTの肛門は、1991年に国際連合で採択された「デンタンカンオウ国及びTBTによる大規模環境汚染に対する飽和的防止条約」の第12条8項の定める「TBTの排便に対する半永久的な防止措置」により、日毎にランダムに変更される8桁の暗証番号でロックされている。
そのため、条約締結以降のTBTは常に便意を我慢している状態になっており、そしてその便意が最高潮に達した時に発生するのが便秘最高潮尻爆発である。
便秘最高潮尻爆発が発生すると、TBTの体内に存在すると言われている第二十六次元空間のひとつである小腸に溜まった大量の便が一度に体外に排出され、その便は地球上のありとあらゆる場所に飛散し、世界各地に被害を及ぼす。

歴史


便秘最高潮尻爆発という現象について記述されている文献のうち最古のものは、米国のアメリカ議会図書館が所蔵する「国家に危機を及ぼしうるあらゆる事象の政府報告書」(1911年作成)であるが、この報告書によると人類史上初めて便秘最高潮尻爆発が確認されたのは1851年である、とされている。
1851年頃のTBTの日記には「最近おなかの調子が悪いの♥」といった胃腸の不調に言及した記述が散見されるため、少なくとも1851年に便秘最高潮尻爆発ないしそれに準ずる現象が発生したことは事実である可能性が高い。
しかし、TBTの福音書をはじめ、世界各地で便秘最高潮尻爆発に酷似した現象によって失われた文明の伝承や古文書の存在が確認されているため、あくまで明確に便秘最高潮尻爆発について記された現存する記録での最初の発生が1851年なだけであり、遥か古代からこの現象が発生していた可能性も否定できない。
したがって本項では詳細な記録が残っている1851年の「ケッツバン・オリジン」以降から現在までの便秘最高潮尻爆発の歴史についてのみ触れる。

ケッツバン・オリジン(1851年)
現存する記録で、人類が最初に観測した便秘最高潮尻爆発は1851年2月8日午前10時頃、ムー大陸北西部のアルメニーニャ・タバタ地方に位置する農耕都市・ドイナカンオウで発生したものである。
これは、当時デンタンカンオウ国との国交樹立の為に首都デンタンを訪れていたアメリカの外交官、ジョンソン・エンド・ジョンソンによって確認された。
彼の手記により、発生推定時刻と重なる午前10時頃、首都デンタンでも建物中の窓という窓が割れ爆音が鳴り響いたことがわかっており、便秘最高潮尻爆発によって生じた衝撃波及び爆風は発生地点から520km程度離れている首都まで容易く到達したという事実から便秘最高潮尻爆発によって生じたエネルギーの凄まじさが窺える。
また、その翌日に書かれた手記には夕方頃から空に暗雲が立ち込め、夜には異臭を伴った真っ黒な雨が降り始めたとある。
これは発生時に爆風で空へ巻き上げられた大量のTBTの便が大気中に滞留し、雨に混ざって降ったものと推測されている。
その後の4月10日、帰国した外交官の報告を受けたアメリカ政府は事後調査の為に調査団をデンタンカンオウ国に派遣するが、発生地点であるドイナカンオウの存在した場所は完全に更地となっており、草木一本すら生物の姿を確認できなかった。加えて、これらに関してデンタンカンオウ国政府は一切のコメントを拒否したため、都市一つが消滅したこと以外にこの事件の全貌は現在も全くわかっていない。
ただし、TBTの日記によって発生当日にTBTがドイナカンオウに行っていたことが判明したため、便秘最高潮尻爆発を発生させたのがTBTであることは間違いない。
発生から翌年の1852年1月、事後調査団の報告書を受けて、アメリカ政府はこの便秘最高潮尻爆発を「ケッツバン・オリジン」と名付け、政府報告書に加えた。

バルカンケッツバン(1914年)
1914年6月28日、たまたまボスニアで深夜徘徊をしていたTBTが突然の便意にトイレを探すが使用中だったため発生。
発生当日までの1週間前後、TBTが便秘中であったために起こったという説が有力とされていたが、2000年に公開されたTBTの日記によってその当時TBTはアナルプラグを挿したまま1ヶ月黄金伝説に挑戦していたことがわかり、完全に人災だったことが判明した。
このケッツバンによってボスニアと周辺諸国は多大な被害を受け、第一次世界大戦の引き金となった。

コテシャシケッツバン(2000年)
2000年1月1日未明、TBTが前年12月から行っていた「ミレニアム我慢大会」によって発生。
予定では2000年1月末まで排便を我慢するはずだったが、無理だった。
しかし、このミレニアム我慢大会に参加していたY氏がTBTの肛門を自らの口で塞ぎ、全ての便を飲んだ為周辺地域への被害は皆無だった。
彼は当時の報道機関のインタビューに対して、「超美味ィ~wwww」とアヘ顔ダブルピースをしながら答えていた。
また、ノストラダムスの予言はこの便秘最高潮尻爆発を指していたのではないかと、週刊誌や報道で騒がれた。

第二次コテシャシケッツバン(2009年)
2009年11月10日午後5時21分、便秘最終段階尻噴射に失敗して発生。
便秘最終段階尻噴射の失敗によって発生したのはこれが初めてで、失敗の原因は当時のケッツバンロック常任管理官が8桁の暗証番号を忘れたことだとされている。
TBTの便意がフェーズ2と低レベルだったことと、偶然TBTをストーキング中だったY氏が便を全て飲み込んだことで、この便秘最高潮尻爆発による被害は2000年発生のコテシャシケッツバン同様ほぼ皆無に抑えられた。

メカニズム


便秘最高潮尻爆発発生のメカニズムについては、